2015年05月01日

高野山・宮大工匠の技が光る!中門再建

知人を通して、高野山の宮大工さんとお知り合いになれる機会をいただき、ルンルン(死語?)していると、その宮大工さんは、以前から書店で気になっていた本の著者の方だったのです。グッド(上向き矢印)

私の祖父も宮大工の棟梁だったので、“宮大工”と聞くだけで、興味津々。とても親近感が湧きます。

しかも、高野山の宮大工さんとは!…と驚いていた矢先、ご本人から東京の八重洲ブックセンターでトークショーを開催するというお話をいただき、さっそく足を運びました。

今回はそのプチレポートです。ペン

去る4月25日、『世界遺産マスターが語る高野山』の著書である、尾上恵治さんのトークショーが八重洲ブックセンターで行われました。尾上さんは高野山の宮大工さんです。


『世界遺産マスターが語る高野山』(新評論)


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壇上に上がる尾上さん。NHK BS[新日本風土記]の2014年12月に放映された「高野山」でも宮大工として登場。
ダイエットをしたとのことで、そのときよりもだいぶスレンダーになっていました!

トークショーは、高野山の概要からはじまりました。
高野山は850メートルの山上の盆地に広がる寺町ですが、現在のように整備されたのは江戸時代に入ってからとのことです。
高野山の山内における弘法大師信仰の話しもありました。高野山に暮らす人々は、空海さんのことを親しみをこめて、“お大師さん”と呼びますが、地元で育った尾上さんから直接“お大師さん”の話しを聞くと、重みが違います。

もちろん、肝心の高野山の「中門」の話もしてくれました。


ひらめき……と、ここで、高野山の中門について、ちょっと説明しましょう!

現在、高野山では開創1200年記念の大法会が行われていますが、その主要事業のひとつに、壇上伽藍(だんじょうがらん)の玄関である中門(ちゅうもん)の再建がありました。

中門は、819年に簡易的な鳥居として建てられ、過去何度か形態を変えながら再建されてきました。その間、火災にも数回あっており、そのつど修復されてきたのですが、天保14年(1843)に焼失してからは、ご用材の育成を待つ目的もあり、172年の間、中門の再建はなかったのです。

そして満を持して、昨年秋に無事、再建。2015年の4月2日、落慶。

1200年記念事業としての再建の指揮を執ったのが、高野山の宮大工である尾上恵治さんなのです。


私が過去に高野山に詣でた際、撮影した工事風景↓

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2013年12月17日/吉田が高野山に訪れたときに撮影。まだ防護カバーに覆われている状態で、外から工事の様子は見せません。

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2014年9月29日/吉田が高野山に訪れたときに撮影。ベールを脱いだ中門の姿が!ぴかぴか(新しい)Lucky!

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金網からのぞいてみました。目
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まだ仏神が入る前の貴重な写真。
1843年の火災による焼失をまぬがれた持国天と多聞天は、平成の名仏師と言われる松本明慶さんによって修復され、ここへ安置されました。


ほか、詳しい写真などは、南海電鉄ほっとねっとでも紹介されていますのでチェックしてみてね。


トークショーに話を戻します。

私個人的に「Tree(樹木)」が好きなので、中門再建に使われた「Wood(木材)」の話は一番興味をそそるものでした。黒ハート

中門に使われるご用材は、湿気の多い高野山の気候風土に一番適した、高野山の山林から伐採。樹齢300〜400年の檜の大木を76本、摩尼山 (まにさん)から樹齢100年の檜を100本、伐採したそうです。
急斜面での伐採と搬出はかなり大変な作業で、ヘリコプター2翼を導入する大仕事だったそうです。

……などなど、高野山の宮大工ならではのお話が盛りだくさんのトークショーでした。

ご興味のある方は、著書『世界遺産マスターが語る高野山』を読んでみたり、トークショーにお出かけください。


今後は、京都でもトークショーがあるようですよ!

◎2015年5月17日(日)14:00〜(開場13:30)大垣書店イオンモールKYOTO店店内イベントスペース

http://u111u.info/ktR9







posted by akko at 00:00| お知らせ Information | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする